瑠璃色の空と海

~HappyとLuckyのふたりごと~

玉川上水の記憶 桜桃

太宰治といえば

玉川上水に入水して・・・だな。

 

 

で、玉川上水といえば、

小学生の頃の社会科見学で

「まいまいず井戸」に行った。

「まいまいず井戸」のある羽村

玉川上水の出発点。

 

江戸も多摩も水を得ることが難しい土地で

江戸時代に玉川上水が完成。

 

それ以前に多摩の水問題をなんとか解決しようと

作られていたのが、まいまいず井戸。

 

 

Luckyとの婚約の場所も今は無き、

玉川上水沿いの「いろりの里」。

www.emerald-family.com

 

………

太宰治の入水場所を調べた。

玉川上水を下って井の頭公園内を通り、

 万助橋をくぐって600mほど行った

「新橋」で遺体が見つかったらしい。

 

地図で確認すると「明星通り」の橋あたり。

 

うわ~・・・「明星」だぁ・・・

「明星」も追いかけているエネルギーの

大事なキーワードっぽい。

 

 

又「新橋」で連想されるのは日比谷神社。

頭は連想ゲームでぐるぐるしている。

 

 

………

死亡した年に発表した『桜桃』は、

太宰と名乗る作家が主人公で

妻と口げんかして家を飛び出して、

酒屋で桜桃を食べる話。

 

 

冒頭

"「子供より親が大事、と思いたい」。"

 

 

から始まる文に、ギクリとした。

 

短かったし初めて全部読んでみた。

自分を中心に

自分の親、自分の子、目線。

だと思って読み始めたけど

 

どうやら親とは、自分の事で・・・

 

 

"「子供より親が大事、と思いたい。

子供よりも、その親の方が弱いのだ」"

 

" 4歳の長男は、痩せこけていて、

まだ立てない。

言葉は、アアとかダアとか

言うきりで一語も話せず、

また人の言葉を聞きわけることもできない。

這って歩いていて、

ウンコもオシッコも教えない。"

 

 

太宰治の長男はダウン症だった、と

初めて知った。

 

 

 

障害をもつ子を受け止めて、前向きに

共に生きていこうとすることを

「障害をもつ子を受容する」と言うらしい。

 

受容していくまでには段階があって

第一段階・ショック、

第二段階・否認、

第三段階・不安、

第四段階・適応、

第五段階・再起、を経る、とのこと。

 

 

WHOが「ダウン症候群」を

正式な名称としたのが1965年。

『桜桃』発表から17年後。

 

敗戦直後の

障害児医療も福祉もない時代。

他者に相談する、頼る社会資源はなく、

そういった発想もなかった、と。

 

 

 

今日の「障害」と括られた症状等は

いくつくらいあるんだろう。

相談窓口は太宰治の時代よりはずっと

あるだろうし、サポート体制もある。

 

でも

子供の成長を目の当たりに毎日接している

親の気持ちは変わらないんじゃないかな。

 

" 無事に生まれて、元気に育ってほしい。"

 

少しでも成長に疑問を持つような事が

あったら、不安で堪らなくなる。

 

不安症な私は、本当に怖かった。

Hopeの成長は不安でいっぱいだった。

なんで?そんな行動する?

なんで?言葉が出て来ない?

なんで?こんな時にそんな事を言う?

なんで、なんでって常に思ってた。

 

個性だ

って、頭で思っていても

信じて貫いてあげられなかった。

言い訳を探すように

自分もLuckyも責めつづけた。

 

障害?個性でしょ?

そうやって逃げ続けた。

今はグレーなんて言葉もあるけど

濃淡なんて、それこそ人それぞれ。

私だって、多分Luckyもグレーだ。

 

生きづらかった。

身体に異変が出るほどに。

私こそは

グレーじゃなくて

障害児だったんじゃないか。

 

えー大丈夫だよ。

気のせいだよ。

自分もそうだったよ。

大きくなったら大丈夫でしょ。

 

相談するママ友やLuckyの返答に

そうだよね、大きくなったら大丈夫。

私も同じようだったしね。

 

そんな風に思い続けた。

 

大人になったHopeの心と体を

行き詰まらせる

大きな要因だったと思う。

 

 

 

太宰治の苦悩は太宰治のもので

私のとは違う。それでも

気持ちは重なって辛くなった。

 

 

「障害」と言う括り。

必要だよ。分かってる。

 

それでもね、

それでも

私は

「障害」の言葉で括ってしまう

辛さや、苦悩もあるよって言いたい。

 

受け入れたら、子も親も

心から助かる事の方が

沢山あるんだろう。

それでもね、

グレーの幅がある濃淡で

疲弊してしまっている

普通に見える魂は、

どうしたらいい?

 

 

 

"「泣いているのはお前だけではない、

おれだって、お前に負けず、

子どものことは考えている。

自分の子どもは大事だと思っている。」"

 

 

"桜桃が出た。


私の家では、子供たちに、

ぜいたくなものを食べさせない。

子供たちは、桜桃など、

見た事も無いかもしれない。

食べさせたら、よろこぶだろう。

父が持って帰ったら、よろこぶだろう。"

 

 

"「大皿に盛られた桜桃を、

極めてまずそうに食べては種を吐き、

食べては種を吐き、

食べては種を吐き、

そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、

 

子供よりも親が大事。」"

 

            『桜桃』より抜粋

 

 

私は呟く。

人の親になって、ずっと考えている。

 

私は " ウェンディのママ " にはなれない。

私は、私を一番大事にしたい。

まるでエゴの塊モンスターだ。

子供の為?

勿論!子供の為なら何でもしたい!

何なら、

子供が苦しむなら身代わりになりたい、と

何度思ったか。

子供が幸せになるなら死んでもいいって

何度祈ったか。

 

でも、私の深いところで、

ごまかすな。

自分が一番大事だ。

子供を一番だと思う自分から

逃げ出してしまいたい。

と思ってる。

 

 

遺体が発見された6月19日は

「桜桃忌」と名づけられた。

 

 

「桜桃」って、さくらんぼの事なんだって。

そして、

太宰治

さくらんぼが大好きだったんだって。

 

 

「人はみな罪深くて愚かだ
 だからいいんじゃないか」

        文豪ストレイドッグス太宰治

 

 

 

漫画だけど、

" 異能 " は 

生きる本質だと思った。

 

 

だからいいんじゃないか。

 

 

そんな風に言い切る強さ。

弱さと表裏一体。

揺さぶられて涙が出る。

 

親子といっても

お互いの心は

お互いに分からないんだ。

 

 

「子供(他人)より親(自分)が大事」

 

これは、私の醜さであり、尊い気持ち。

 

 

それで、いいんじゃないか。

 

誰かの為、じゃなくて自分の為。

愚かでいいのかな。

 

 

 

そう思う自分を赦してあげよう。

 

 

また機会があればお墓参りをしようと思う。