7月7日が牡牛座の神門が開く日。
じゃ、最高の特別デーとして迎えたいじゃん。
信じるの?馬鹿みたい?
うん、そう思われてもいいや。
見えても見えなくてもいいや。
私が最高に思えたらそれが特別になる。
なんていっても
【777】は
見るだけでhappyな数字の並び。
特別な七夕祭りの日だ。
織姫・彦星が本当に手を取り合える日。
・・・
思考の流れを、書く。
今から約1,200年前、 陸奥国胆沢、
現在の奥州市水沢地域付近が本拠地らしい。
胆沢は蝦夷の中でも「水陸万頃の地」で
広大な平地に北上川(【日高見】川)が
流れる肥沃な土地。
縄文文化の流れを汲む部族社会があり
陸奥国は、馬や鉄といった軍需品の他、
金などの貴重な資源を有する
魅力的な地域だったらしい。
時の権力者は、
東北地方を支配しようと度々兵を送り
蝦夷の軍勢と壮絶な戦いを繰り広げた。
蝦夷に対して、帰順する者には
新たな土地を与え生活を保証し、
律令農民との交易も認めた。
一方で、抵抗する蝦夷に対しては、
断固たる態度で臨んだ。
長年の度重なる戦いと蝦夷の行く末を憂い
アテルイは降伏。
京に送られたアテルイとモレは、
田村麻呂の必死の嘆願にもかかわらず、
河内国椙山(すぎやま)
(植山・杜山)
その処刑方法が…「鋸引きの刑」。
「鋸引きの刑」とは
首から下の胴体を地中に埋め、
地中から出た首を鋸(のこぎり)で切り落とす
といった処刑方法。
江戸時代になるとこの「鋸引きの刑」は
6種類の死刑の中で最も重い刑罰と
されるようになるみたいだ。
執行する方もされた方も、なんて残酷だ。
そんな歴史を知らずにいた・・・。
そうして
アテルイ 、モレが亡き後。
東北に残っていた妻子や残党は
大きな穴を掘らされて生きながら埋められ
惨殺されたらしい。
その生き埋めの上に土をかけ、
その土を素直に降伏し奴隷となった者らに
踏みつけさせた。
これが今の東北三大奇祭のねぶた(根蓋)
の起こりであるとされているのだって。
「根」(死)の国へ追いやるための
土かぶせの「蓋」、ということらしい。
そうして
踏んづける恰好をする踊り、
田村麻呂の山車を担ぎ踊る様は、
その時のエピソードを表現している。。。
仙台の七夕祭りも
青森のねぶた祭りも
あまり覚えていないけれど
東北に親戚がいるので小さい頃見たな・・・。
学校で習う歴史とは
本当に勝者の歴史で、
敗者の歴史を知る事は、
何かのきっかけが無いと
知らないまま。
でも、私が心が動かされて
今謎解きに繋がっていってるのは
敗者の側?日陰?の歴史っぽい。
全国でこんな歴史は沢山あるんだろう。
いろんな角度でみたら
日本という国、日本人、が分かってきて
〈私〉、が分かってくるのかな・・・。
・・・
さて、
アテルイ とモレの塚の近くには
王仁の墓。
住所は、枚方市藤阪東町2-2220-2。
【2】がいっぱい❗️
(枚方市HPより)
競技かるたの始めの歌、
〈序歌〉として詠まれている歌は
王仁が詠んだとされる。
「 なにわづに さくやこのはな ふゆごもり
いまははるべと さくやこのはな」
競技カルタの漫画、
アニメ「ちはやぶる」の影響もあって、
Hopeと府中市の片町文化センターに行った。
襖の向こうでバシバシ畳のたたく迫力の音に
見学しに行ったけど、見学したいって
言えずに帰って来たんだよなぁ。
この歌も、のちに詳しく書きたい出来事が
いずれ出てくるから、又その時に。
・・・
枚方市、交野市は
平安時代から星にまつわる
地名や伝説が多く残り
そのような中「天野川」が流れている。
(枚方市HPより)
星田妙見宮は
弘法大師が交野地方に訪れ秘法を施した際に
七曜の星(北斗七星)が降臨し、
神社のご神体となったと伝わる。
そんな土地に
アテルイ とモレの塚はあるんだって。
なんとなく場所がらもあるんだろうけれど
織姫彦星がアテルイ、モレに…
踏み込んで、オオナムチとスクナビコナ
それから
アラハバキのエネルギーにも
繋がっているんじゃないかな、と感じてる。
何か私が知りたい重要なエネルギーが
一点に集まっているみたいだ。