瑠璃色の空と海

~HappyとLuckyのふたりごと~

れんげの記憶二

アテルイ とモレが守ろうとした土地の

その後の歴史を知りたくて

 

ばばばーッと

調べてたどり着いた、奥州藤原氏

世界遺産の〈平泉中尊寺金色堂〉。

 

・・・

 

奥州藤原氏は、

平将門の乱で活躍した武将・藤原秀郷の子孫。

 

で、 奥州藤原氏の基礎を築いた

清衡(きよひら)の父・経清(つねきよ)は、

現在の宮城県南部を本拠とした豪族だった。

 

 

11世紀頃

東北地方の豪族安倍氏と朝廷との間で

戦争勃発。経清は安倍氏に荷担した。

 

安倍氏が敗北して経清も処刑。

清衡の母は、敵方清原家に再嫁して

清衡は生き延びる。

 

その後、清原家の相続争いで

清衡は唯一生き残り

平泉に中尊寺を建立。

 

中尊寺建立供養願文」で

" 争いのない平和な国にする " ことを誓う。

 

 

一代 清衡(きよひら)

二代 基衡(もとひら)

三代 秀衡(ひでひら)。

 

三代で日本屈指の大都市になった平泉。

 

・・・

 

さて、

平治の乱が起きて

7歳で鞍馬寺に預けられた義経

鞍馬の大天狗から秘伝を受け、

16歳の時に奥州藤原氏の平泉へ行き

清衡のもとで鍛錬を続けた。

 

兄の頼朝が平氏打倒を掲げると義経は馳せ参じ、

一の谷、屋島、壇ノ浦と快勝を上げた。

平家討伐後、義経は頼朝と対立。

再び秀衡のもとへ。

 

その後、

源義経を大将とし、息子たちの力を合わせて

源頼朝と戦いなさい」と秀衡は遺言して死亡。

 

しかし

継いだ四代・泰衡は、

頼朝に屈し義経を襲撃し、

追い詰められた義経は自害。

 

頼朝は義経をかくまっていたことを理由にして

藤原氏討伐の為、平泉へ進攻。

 

泰衡は、平泉に火を放って北へ逃走したが

家臣の裏切りにより殺害され

奥州藤原氏は滅亡した。

 

・・・

 

戦後直ぐの昭和25年。

 

学術調査で金色堂須弥壇の下に

安置されているお棺が開かれて

藤原氏の遺体(ミイラ)がある事が

初めて分かる。

 

遺体からは、

何かの薬物を塗ったとか

内蔵を取り出した跡もない。

 

自然にミイラ化?

自然に放置したら腐って、

骨になるんじゃないのかな?

 

 

 

金色堂奥州藤原氏のミイラが

安置されていることは中尊寺の極秘事項、

だったらしい。

 

極秘事項。

平泉が守ってきたもの。

 

 

 

三体のミイラと一体のミイラ首。

 

 

首桶から

約100粒の【蓮の種】が見つかった。

 

開花の成功に至って

このハスは中尊寺の池に植えられ

今、正に見頃を迎えている写真が

アップされている。

 

 

時を超えて咲くハスの花。

 

 

恵泉女学園短大の長島時子教授が

中尊寺ハスを800年の眠りから

目覚めさせた人らしいのだが、

恵泉女学園短大は、家から近い場所にある。

なんだか、やっぱり身近にエネルギーが

あるような気持ちになるなぁ。

(2023年3月【22】日に2024年度からの

短大の学生募集停止を発表したそうだ。)

 

 

迷いの中でこそ悟りが生まれ

苦しみの中でこそ慈悲が育つ。

 

泥の中から清らかに咲く姿は、

人間の煩悩や苦悩を乗り越えて

悟りに至る姿。

蓮華の花は、仏教の象徴的な花だ。

 

(日本の密教カードより)

 

 

弥勒菩薩は慈氏菩薩とも呼ばれて

「慈悲から生まれた者」を意味するんだって)

 

 

 

首桶の中になぜ蓮の種を入れたのか。

蓮の花に何を祈ったのか。

 

・・・この首は、誰の首?

 

 

・・・

 

首について、調査報告書には

「円形2ミリほどの穴があり、

太い鉄釘が眉間から打ち込まれている」

と記載があるそうだが

 

" 本当は【22】ミリが正しい "  らしい。

 

(当時、レントゲン撮影は岩手医大

足澤三之介教授が担当。

息子で開業医の足澤輝夫医師が講演会で

 誤記が訂正されていないと

指摘しているようだ。)

 

 

【22】ミリ。

 

 

この、首の謎が

極秘事項の最たるもの、

なんじゃないのかな…

 

記事をいくつか読んでると

そんなとんでも

妄想ミステリーが

 

ぐるぐるし始めた。

 

以前書いた

www.emerald-family.com

 

www.emerald-family.com

 

が頭にチラつくんだ。