瑠璃色の空と海

~HappyとLuckyのふたりごと~

被差別部落と俘囚と

東北には蝦夷と呼ばれる人たちが暮らしていた。

 

そして大和政権の勢力が本格的に進出してくる。

 

アテルイ、モレの戦いで終わりを迎えた

東北一帯での蝦夷との戦争は38年に及んだ。

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戦闘で捕虜になったり、投降した蝦夷

大勢西日本の各地に移送され

「俘囚(ふしゅう)」と呼ばれた。

 

 

蝦夷の野蛮な風俗を変え、文明化するため」。

としたものの

「ヤマトに抵抗し、俘囚として移送された蝦夷は被差別民にされた」。

 

ヤマトに服従した蝦夷服従しない蝦夷

 

俘囚の中から俘囚の長をおく

制度を作ったみたいだけど

俘囚の中でも

支配する側、支配される側に

別れてしまったって事だ。

 

 

最初は伊勢神宮三輪山

俘囚を移したが次々に問題を起こして

 

播磨(兵庫と岡山の一部)、

讃岐(香川)、

伊予(愛媛)、

安藝(広島)、

阿波(徳島)、の

各地に移動させていった。

 

また、

関東地方にも数多くの俘囚が

移住させられたらしい。

 

そして上総、下総を中心に、

この俘囚の反乱が相次いだ。

 


徹底抗戦派の蝦夷・俘囚は、各地の地元住民に

武器の扱い、騎乗の技術、戦いの方法を教えた。

 

こうした流れが

その後の平将門の乱平忠常の乱、

武士が生まれていく流れに

繋がっていくみたい。

 

・・・

 

そうして

空海が香川に生まれたのは、774年。

38年戦争も774年に始まる。

 

空海が生まれて38歳になるまでは、

東北地方の蝦夷と朝廷側が

戦争をしていた時代になる。

 

 

 

空海・佐伯真魚

 

 

佐伯氏と俘囚について

関係してるのは分かるんだけど

空海は俘囚と繋がってくるようだけど

 

難しくて、まとめられ無かった…(p_-)

 

空海の背景、両親、・・・

もう少し勉強だな。

 

 

・・・

 

天皇制と被差別部落は近代日本の

2大タブーで表裏の関係なのだって。

 

私が日本の歴史として認識していた

主軸は偏っていたんだと分かってきた。

 

私達の謎解きは、

やっぱり関東、東北、北海道。

 

深ーい部分での自分のルーツを

追いかけていて、謎が繋がって

日本列島の知らなかった歴史や

見えない境界線が少しずつ見えてきた気がする。

 

 

・・・

 

被差別部落と古代史の研究者、

菊池山哉は集大成として

 

①東日本と西日本では

 被差別部落のルーツが異なる。

 

②西日本、とくに近畿の部落は

「余部」「河原者」「守戸」「別所」の

 四つに大別できる

 

③別所とは東北の蝦夷を俘囚として

 移送したところである。

 

とした。

 

・・・

 

差別問題は表に出てきにくい。

大変難しい問題だと思いながら

流れを追いかけていた。

 

そうして、「別所」。

 

私はまた、別の追いかけていた道に合流した。