巫病を調べていた日は
成田空港もやけに気になっていた。
成田山と成田空港は近いんだし
同じエネルギーが空港の土地にも
あるんじゃない?
空港に神社ってあるのかな?
あったよ・・・。
東峰神社。
滑走路側に。

創建
1953年11月23日
例祭
11月23日
まだこの時は
【23】【53】の数字に何か意味があるなんて
思ってなかったけど、ブログを書いてる今は
うわー(・・;)ってなってる。
昔、Luckyが働いていた場所。
成田の何が繋がるんだろう。
この時はまだ調べても
たいした情報が繋がらなかった。
その後
2025年の1月に参拝に訪れたり
成田の土地のエネルギーを知っていく中で、
その象徴の東峰神社周辺の歴史も学んだ。
三里塚闘争の発生日
1966年6月22日。
【66 6 22】!
また、
成田空港建設に先立ち「三里塚」地区では、
遺跡の発掘調査が行われ
空港第2ターミナルが建つ、
成田市古込周辺は予想外の深さから
石器がまとまって出土していて
平成8年3月22日、【22】に
県指定有形文化財に指定された。
【22】のゾロ目が並ぶ不思議。
ここも謎解きエネルギーにあるんだな。
そして、この場所は
江戸幕府が使用する【軍馬】の牧場で、
【草競馬】の跡があったり、
御料牧場だったらしい。
そしてこの地がなぜ激しい闘争の場に
なってしまったか。
三里塚・芝山地区には
戦後入植して農民となった人が多く、
元満蒙開拓団の引揚者が主体で
農民としての再起をかけた開拓が
ようやく軌道に乗り始めた時期に
当たっていたことで、
激しい反対運動が起きてしまった、のだ、
という記事を読んだ。
満州国へ渡った
農業移民、満蒙開拓団は全国から約27万人。
開拓団の人たちは広野を逃げ惑った。
約8万人が犠牲になったのだって。
そんな人達が日本に帰ってきて
住む土地を守ろうとした象徴の場所、
東峰神社。
成田山に近い・・・
歴史は繋がっていると感じた。
空港建設には広い土地が必要になるので
いろんな歴史がついて回る。
それは、成田だけじゃないんだろう。
いろんな思いがいろんなエネルギーが
土地の記憶として残っている。
神様に集約された祟りの話になったり。
・・・そして
空港、飛行機の話が
年明け早々始まる。