海雲寺の次は左隣の品川寺へ。
「品川」地名の由来となった
品川区で最古の寺なんだって。
【53】なんだな。
関係あるようだ。

品川寺門前

門前の左側には結構な大きさの地蔵菩薩。

門前の右側は高野山からきたという宝篋印塔。
この宝篋印塔はもともと1対で、
もうひとつは今も高野山にあるのだって。
そして、ここは桔梗紋なんだね。
瓦には太田道灌が使用した「太田桔梗」と
いうのかな?お花がいっぱい目に入る(*´-`)
桔梗は「更に吉」。
【吉祥】的な意味合いがあるんだって。

役行者がここにも!!

本堂の中には弘法大師から授かったとされる
本尊・水月観音。
武田信玄側の兵によって持ち去られ
その兵が発狂した為、
出戻りの伝説があるらしい。

弁財天像は八臂の宇賀弁天様。
・「弁才天」は才能や知恵、芸術を司る神。
2本の腕には琵琶。
・「 弁財天」は " 宇賀神 " と習合して
財福の要素が強くなり、それぞれの手には
武器を持っている容姿。
また、習合と分離を繰り返し
今は、多様化しているのだって。
七福神もいるいる・・・

と、何か隅の方がやけに気になったんだ。
吸い寄せられるように?目線の先を見た。

⁉️
フォルムにドキドキする。
あれ、見た事あるよね。
あれって・・・
「聖徳太子コード」の表紙と一緒に見える。
近寄れない場所で遠目から目を凝らした。
馬・犬・鳩、の像もある。

「ガレージの屋上にあるの、聖徳太子?」
Luckyと首を傾げて見ていた。
・・・・・・・・
帰って調べた。
「英霊堂」らしい。
(ガレージの上に???)
軍馬、軍用犬、伝書鳩として
海外に連れて行かれて
戦争に負けた時
戦地に置き去りにされた動物たちを
供養するために像が建てられたのだって。
そして英霊の調べを進めて
気になる事が引っかかった。
本堂の左右に小さな梵鐘が2つあって
向かって右側が「仁慈(いつくし)の鐘」。
戦争裁判殉国者慰霊の碑で、
東條英機をはじめとする7人の遺墨が
揮毫されているらしい。
左には「まことの鐘」。
学徒出陣した魂を鎮魂するもの。
東條英機かぁ。
気になって調べた。
昭和23年12月23日に巣鴨拘置所で
A級戦犯として処刑された日。
うわー【23】だ。
そして
東條家は元々、
江戸時代には盛岡藩に仕えた能役者の家系。
(o_o)
そうなのだとしたら、
【安房】や【能】と繋がる。
猿楽(さるがく、旧字体: 猿樂)は、
能は江戸時代までは猿楽と呼ばれ、
なったのは明治以降のことである。
〜Wikipediaより
そう!
また反復❗️
能は【猿楽】だったよ‼️
そして
○○観音、○○観音、○○観音❗️
・・・ぐるぐるぐる・・・
今、時計は
16時【22】分から【23】分に
切り替わるのを目にして
心臓がバクバクしている❗️
何が何やら(O_O)
品川寺はエネルギーが混乱の場所だ❗️❗️❗️
次は、
朝の夢に繋がる、馬頭観音と偶然出会う話。