
向河原駅まで自転車で行くLucky。
向河原駅の次の駅が【平間】駅。
夢見ヶ崎動物公園があって、
左下に【鷹野大橋】がある。
【平間】駅の南に広がる【幸区】。
【幸区】の地名は、 小向(こむかい)のあたりが
梅の美しい場所として知られていて
明治天皇が観梅に御幸して
御幸村と呼ばれ、そして幸区と移行していった。
〈矢向〉駅と〈夜光〉という町名。(赤い点線で囲まれたエリア)
そして川崎大師平間寺 (かわさきだいしへいけんじ)。
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ブログの最初の頃に書いた。
〈加瀬山〉周辺は
約6000年前の縄文時代前期、
海に囲まれた「小島」で
鶴見川や矢上川周辺まで海水が入り込んでいた。
島には人が生活していたと考えられているって。
そして、
夢見ヶ崎という公園の名称は、
太田道灌が見たとされる夢に由来している。
房総半島を拠点とする
千葉氏の勢力を抑える為の重要拠点として、
加瀬山に築城を願ったが、
あまり良くない夢を見て断念した。
加瀬山は動物公園の他に、
山頂に日蓮宗頂龍山了源寺、
山裾に浄土宗無量山寿福寺があって
夢見ヶ崎稲荷神社が鎮座。
他にも大小の古墳群が点在している。
中でも、武蔵国では
最古級の前方後円墳・〈白山古墳〉は
全長約87m〜89m、後円部径約42m、
高さ約10mの前方後円墳があったのだって。
山頂の日蓮宗の了源寺は
吉良上野助邸へ討入りを果たす前に、
平間村のこの寺付近に
滞在していたらしい、と学んだ。
そして、平間寺の縁起は
平安時代末期
無実の罪により生国である尾張を追われ
川崎にたどり着いた平間兼乗が
夢のお告げに従い
光り輝いている海中から木像を引き揚げた。
それが
御本尊・厄除弘法大師尊像。
そして
立ち寄られた高野山の尊賢上人と寺を建立。
兼乗の姓・平間から平間寺(へいけんじ)とし、
厄除弘法大師を奉安された。
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さて。
ここまでを頭でイメージするぞ。
・加瀬山の周りは海が広がっている。
・〈夜光〉・〈矢向〉海続きっぽい。
・小島(加瀬山)に人が住んで古墳群がある。
・無実の人が、光る海から弘法大師像を
引き上げた。
・苗字から平間寺となった。
・近くの鷹野(たかの)大橋には
【タカヤ】の響きが道標的?潜在的?にある。
・・・・・
川崎大師の近くにLuckyは産まれ、
幼稚園に上がる頃、八千代市に引っ越した。
八千代市に高津神社があって
お七さんのお墓の隣りで学生時代を過ごし
お七さんのお墓の近くの習志野駐屯地に入隊し、
(三島由紀夫が割腹した)市ヶ谷駐屯地に異動。
・・・・・
次は
川崎大師から北上して西新井大師までを
遡ってみてみようと思う。